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祝!「リビアーモ」10周年

2010.06.22

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写真上:リビアーモ店内
写真下:この日のひと皿


上田市の夜の繁華街の一角にある「Restaurant Bar Libiamo(レストランバー・リビアーモ)」。
私も大好きなこのお店が10周年を迎え、このたび4日間に渡って記念パーティが行なわれました。

4日間に渡って、というのは、お店の小ささもさる事ながら、「リビアーモ」に惚れ込み、そしてオーナーソムリエの坂田英昭氏を慕って通う大切なお客様を、とても1日ではご招待し切れなかったから。
ちなみに私は初日にお招き頂いたのですが、いつものように彼のおもてなしの気持ちが行き届いた、心地良くそして快適な時間を過ごすことができました。

坂田氏が「リビアーモ」をオープンさせたのは20代半ばの若さ。
そして坂田氏と私との縁は、彼が修行をしていた前のレストランにたまたま私が食事に行った事がきっかけでした。
彼はたった一度会った私の顔を覚えていてくれて、偶然にもオープン当日「リビアーモ」の前を通り掛った私を呼び止め、「今日オープンなんですよ!」と声を掛けてくれた事が、私がこのお店に足繁く通う事になる始まりでした。

このお店の魅力は、何よりもまずおいしいお酒と料理のラインナップ。
厳選されたワインやウイスキーをはじめとするボトルの数々、そして彼の手による卓越したカクテル、さらには生ビールの一杯でさえ、そのこだわりと美味しさにいつも思わず唸ってしまいます。
そして日替わりの料理のメニューも、突き出しから始まってすべてが坂田氏の手作り。
パーティ初日のこの日も、彼の心のこもったひと皿「和牛フィレ肉のサマートリュフソース」(写真下)が振る舞われました。

写真では見づらいのですが、ベリーレアに焼かれた肉の下には丁寧に裏漉(ご)しされたマッシュポテトが敷かれていて、その滑らかなおいしさといったら。
こういう「刺身のツマ」的な存在にも決して手を抜かないのが坂田氏の真骨頂。
最後はソースの一滴までパンで掬い上げ、彼の会心の料理を存分に堪能しました。

そしてこのお店のもうひとつの魅力である、心和む暖かな店内の空気。
この日もピアノとヴァイオリンの生演奏をBGMに、このお店で知り合った仲間同士が打ち解け、語り合い、そしてリビアーモの10年の歴史にお互いが酔いしれました。
かくいう私も、これまでこのお店で何人の方と出会った事か。
それはこのお店が醸し出す空気が、お酒だけでなく人との出会いまで演出する雰囲気を併せ持っているからでしょう。

パーティは坂田氏の勧めるシャンパン、ワイン、そして料理と共に進み、さらには各々が好きなものをオーダー。
かくいう私も今日のこの日を楽しむべく、珍しく葉巻をお願いし、ゆっくりと火を着けているところに「シガーと一緒に楽しんでね」と、貴腐ワインと私が大好きなマッカランが彼の手により届けられます。
連れの親友は「何かカクテルを」とお願いしたところ、坂田氏の十八番「ギムレット」が運ばれ、それからもしばし楽しい時間はエンドレスで流れていったのでした。

そして今日もまた、繁華街で飲んだくれた私は、その日の締めの一杯を求めて「リビアーモ」のカウンターの片隅に腰掛けている事でしょう。
坂田氏、そして「リビアーモ」、10周年本当におめでとう!

三遊亭鬼丸誕生

2010.06.16

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上田市出身の落語家、三遊亭きん歌がこの秋真打に昇進し、晴れて三遊亭鬼丸(おにまる)を名乗ることになりました。

師匠は落語協会会長の三遊亭圓歌。
二つ目昇進と同時に「きん歌」に改名してから苦節10年、その二つ目離れした話芸に私も魅了されていたひとりなので、この日を今か今かと待っておりました。

ちなみにきん歌と私との個人的な出会いは数年前。
それまでもきん歌は、折に触れ故郷の上田で落語を披露したり地元メディアに登場したりしていたのでよく知っていたのですが、ある日そんな彼から連絡があり、ちょっと相談があるとの事で我が社を訪ねてきてくれました。

しばし四方山話で盛り上がったあと、きん歌曰く、今度自分が高座を務める落語会で趣向を凝らしたい、ついては協力してはもらえないだろうか、との事。
その頃から寄席通いが大好きだった私は一も二もなく快諾し、早速ふたりで打ち合わせに入りました。
その趣向とは、次の落語会で「禁酒番屋」というネタを披露した際に、お客様に独自のラベルを貼ったお酒を配りたいというものでした。

「禁酒番屋」、簡単に説明します。
家中の席で酒による殺傷事件が起こった事から藩士一同に禁酒令が発せられ、酒の持ち込みを禁じるための禁酒番屋なるものが設けられました。
そんな中、大酒飲みの藩士近藤は大胆にも酒を持ってくるように酒屋に命じ、それを受けた酒屋はあの手この手で禁酒番屋を突破すべく策を講じます。
まず最初に考えたのが、酒をカステラと偽って持ち込む方法。
しかしカステラを重そうに運ぶ仕草でバレそうになり「これは水カステラというもので」と必死に誤魔化そうとするも・・・。

そんな噺になぞらえて、きん歌のアイディアで用意した一合徳利のラベルは、ズバリ「水カステラ」。
そしてビンの裏側には「但し、御門をお通りの際はお気を付けて下さい」。
ユーモアとウイットに富んだこのお酒は、落語会の帰りにお客様に配られました。

そんなきん歌との邂逅があって月日が経ち、そして迎えた先月。
彼が支援者の方々と一緒に、待ちに待った真打昇進の挨拶にやってきました。
ようやくこの日が来たかという嬉しさが胸に込み上げ、気が付けば私も心の底から何度も何度も「おめでとう!」の言葉を繰り返しておりました。

その直後、上田市内の宴会場で「真打に昇進するきん歌を応援してやろう会」が開催され、予想を遥かに上回る200名が会場に駆け付け、会場は蒸せ返るような熱気に包まれました。
(写真は、その場で挨拶するきん歌)

そして8月には東京で「三遊亭鬼丸真打昇進披露の宴」が開かれ、9月から10月に掛けて都内4つの寄席で40日に渡り真打披露興行が行なわれます。

私も早く彼を「師匠!」と呼べる日を、そして真打披露興行では「待ってました!」の掛け声を掛けられる日を、そして彼との話の中でも出た「芝浜」をはじめ三遊亭鬼丸の大ネタを聴く事ができる日を、今から首を長くして待っています。

鬼丸、頑張れ!

和田龍 新酒を味わう会

2010.06.10

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毎年恒例の「和田龍 新酒を味わう会」を、今年も上田市内の会場で開催致しました。

今年で23回目を迎えるこの「新酒を味わう会」、社長や私が商売の枠を越えてお世話になっている皆様をお招きし、この春出来上がったばかりの新酒を、おいしいお料理や素敵な音楽とともにお振る舞いする、春の一大イベントです。

この日お集まり頂いたお客様は約100名。
わざわざ足をお運び頂いた皆様にご挨拶しながら、たくさんのお客様に支えられている感謝の思いを改めて噛み締めます。

この日の司会は、昨年に引き続いて、上田市にほぼ隣接する千曲市で「生坂屋商店」を営む若林数矢さんにお願い致しました。
彼は私より年下ではありますが、日本酒をはじめとする様々なお酒に対する情熱、あるいは長野県のみならず全国の酒事情を牽引するそのリーダーシップ等々、その人間性から私が心から尊敬する人物のひとりです。
私からのたっての依頼を、彼は今年も快く引き受けてくれたのでした。

会はまず社長の挨拶があり、その後は恒例の音楽タイムです。
毎年、社長もしくは私がご縁のある演奏家をお招きし、乾杯前のひとときを素敵な音楽でお楽しみ頂きます。

今年お呼びしたのは、弊社の社長と親交がある上田市出身のヴァイオリニスト、中澤きみ子さん。
世界各国を飛び回ってご活躍で前日ウイーンから帰国されたばかりの中澤さんがピアノ伴奏と共にご披露された曲目は、ベートーヴェンソナタ第5番「春」より第1楽章、そしてサラサーテの難曲「チゴイネルワイゼン」。
そして鳴り止まぬ拍手の中アンコールとして山田耕作「からたちの花」、これらの曲がストラディヴァリウスの音色(ねいろ)とともに会場に鳴り響きました。

演奏のあとは私から本日お出しするお酒の説明です。
本日お出しするお酒は5種類。
中でも、5年目にして納得の出来栄えとなった「登水(とすい)」の「吟醸酒」と「純米酒」についてはひときわ熱く語らせて頂きました。

そしていよいよ乾杯です。
ご発声は、上田市の繁華街で今年10周年を迎える「レストランバーLibiamo(リビアーモ)」のオーナーソムリエである坂田英昭氏(以前このブログにも登場)。
彼は若干20歳半ばでこのお店を開業し、以来良質のお酒とそして手ずから作り上げる料理とで今もたくさんのお客さんを魅了させ続けています。
私も繁華街に繰り出すと、その日の締めの一杯で必ず立ち寄る大好きな一軒です。
そんな坂田氏の素敵なスピーチとともに「乾杯!」、いよいよ酒宴が始まりました。

私もそれぞれのテーブルごとに、おひとりおひとりにご挨拶に伺います。

今年嬉しかった事のひとつとして、それまでは基本的に関係者のみだったこの「新酒を味わう会」に、和田龍を愛して下さる一般のお客様が加わって下さったこと。
それもわざわざお仲間おふたりを連れ立って、埼玉からのお越しです。
そのお客様Nさんは、日頃からこのブログで新しいお酒の発売を告知するたびにわざわざご来店下さり、その都度酒談義に花が咲き、昨年初めてこの会にご参加下さったのでした。
この日も楽しい会話で盛り上がりながら、結局3次会までご参加頂きました。

また、一昨年・昨年と2年連続でエレクトーン演奏をして下さった神田将さん(http://www.yksonic.com/index.html)も、今回は一般のお客様としてわざわざお越し下さいました。
それまでの常識を覆す現代エレクトーンの衝撃の演奏から早一年、皆様にご来場をご紹介差し上げると、この日も「今日は演奏はしないの?」「CDの販売はないの?」といった声とともに神田さんのテーブルにはお客様の列が絶えず、改めて神田さんの演奏が皆様に与えた感動の大きさを思い知らされたのでした。

途中はこれまた恒例の「和田龍グッズ」の大抽選会。
この日の景品は、前回のブログにも掲載した「酒ようかん真田太平記」をはじめ「和田龍Tシャツ」「和田龍エプロン」そして本日演奏頂いた中澤きみ子さんのCD、これらの商品が歓声の声とともに当選したお客様に手渡されました。

そして楽しい宴もあっという間にお開きの時間となりました。
改めて弊社の社長が前に立ち、皆様へのお礼の言葉を述べさせて頂きながら、今年の「和田龍 新酒を味わう会」が今年も無事幕を閉じました。
そしていつもの事ながら、中身が残ったお酒のビンをお客様が1本残らずお持ち帰りになったのを見届けながら、たくさんの方に支えられているという感謝の思いを新たにするのでした。

酒ようかん

2010.05.29

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弊社のある信州上田市は、真田氏が築城した上田城を中心に広がる城下町です。
そして昨今の歴史ブーム・お城ブームの盛り上がりや、上田市が舞台の映画「サマーウォーズ」の公開に伴って、上田市を訪れる観光客や「歴女」の皆様の数もうなぎ上りに多くなっております。

そんな中、弊社の本醸造酒「真田太平記」を使用した「酒ようかん 真田太平記」がこのたび発売されました。

ただし、製造したのは弊社ではありません。
販売元は、やはり上田市に本社を置く関製菓株式会社さんです。
そしてこの「酒ようかん」が生まれるまでにはひとつの物語がありました。

今からさかのぼる事40年以上前、私が物心ついた時に、私の会社にすでにその番頭さんはいました。
その番頭さんKさんは何かに付け、年端も行かぬ私をいつもとても可愛がってくれました。

そしてKさんには3人のお子さんがいて、特に私より一歳下の長男N君とはいつも一緒に遊ぶ仲でした。
蔵の中で遊んだり、あるいはKさんにふたり一緒にどこかへ連れていってもらったり、今でも楽しい思い出がたくさん蘇ってきます。

それから時が経ち、私は東京や大阪での修行を終えて20歳代後半で実家に戻り、それからしばらくして、Kさんは退職しました。
その時の寂しさ、心の空虚さは今でも忘れません。

そして更に時を経て昨年、Kさんが亡くなったという訃報が私の元へ届きました。
呆然としながら通夜会場へと賭け付けると、そこには久々に会う、目を真っ赤に腫らしたN君がいました。
しばらく会っていなかったにも関わらず、そこには小さい頃から慣れ親しんだN君がそこに居て、気が付くと私は彼に擦り寄って互いに悲しみの仲で言葉を掛け合っていました。
何かあったらいつでも連絡してきてほしい、そう言い置いて私は斎場をあとにしました。

それから時を待たず、N君から電話がありました。
この前のお礼がいいたいと私の事務所に寄ったN君と私は、しばらくぶりに尽きぬ話に花を咲かせました。
お父さんの思い出、お互いの近況、そんな事を語り合いながら、彼が今、製菓会社の営業頭をやっている事を知らされました。
そんな中で出てきたのがこの「酒ようかん」のアイディアです。

自分が幼い頃から慣れ親しんだ和田龍酒造の酒を使って「酒ようかん」を完成させたい、そう語ってくれたN君は、それ以降も頻繁に事務所に顔を出しては、進捗状況を教えてくれました。
そしてこれもひとつの縁で、たまたまふたりが共通して知る印刷会社の社長が装丁デザインやPOPを手掛けてくれ、そしてこの春、ついにその「酒ようかん 真田太平記」は完成しました。

試作品を持ち込んでくれた彼の前で早速みんなで試食したこのようかんは、酒の香ばしさがしっかりと感じられ、決して甘すぎず、絶妙なバランスの味わいで、辛党の私が思わず「うまい!」と叫んでしまった、贔屓目抜きで本当においしいようかんでした。
ここまで頑張ってくれた彼の思いに感謝しながら、弊社の店先でも早速その日から、この酒ようかんを置き始めております。

そんな訳で、この「酒ようかん 真田太平記」は、今は亡きKさんとそしてご子息のN君との思いが結実した、和田龍酒造にとっても大切な一品なのです。

ちなみにそのN君が店長を勤める関連商品のHP「信州上田 真田軍団」が開設されました。
もしよろしれば立ち寄ってみてください。

http://www.sanadagundan.com/

真田太平記 酒ようかん 1個420円

長野の酒メッセin東京2010

2010.05.23

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写真:会場30分前の場内


去る5月19日、今年で7回目となる「長野の酒メッセ in 東京2010」がグランドプリンスホテル赤坂で開催されました。
長野県内から約60の蔵が出展し、各々のブースで自慢のお酒の数々がお客様に振る舞われました。

そして弊社は実は今年が初参加。
これまでにも東京のお客様からは、何で和田龍酒造は出展しないのかとお声掛け頂いていた事がたびたびだったのですが、今年出展に踏み切るきっかけとなったのは、ひとえに新酒の出来栄えが素晴らしかったから。
特に今年で発売から5年目を迎える「登水(とすい)」は、「吟醸酒」「純米酒」どちらも私が求める方向性として納得できるお酒が出来上がってきたので、ぜひ多くの皆様のご意見を聞いてみたいと、大海へ飛び込む思いで出展を決めたのでした。

そんな訳で、今回出品したのは「登水・吟醸酒」と「登水・純米酒」の、あえて2種類だけ。
少数精鋭のラインナップで皆様の忌憚のないご意見を頂くべく、緊張の思いで当日を迎えました。

午後1時会場。
最初は暇で手持無沙汰だった弊社のブースにも、しばらくするとちらほらとお客様がお見えになるようになり、少しでも自分の思いを伝えようと説明を繰り返しているうちにお客様の数はどんどん膨れ上がり、私と妻のふたりでは応対が間に合わないほどの慌しさとなりました。
でも忙しさにかまけてお客様のグラスにただお酒を注ぎ、飲んで頂いてさようなら、それでは何の意味もないと思い、すべての皆様と少しでもお話ししようと自分なりに精一杯お声掛けして、私の説明を聞いて頂きました。

嬉しかったことがたくさんあります。

まず、たくさんの方から名刺を頂いたこと。
正直申しまして、何せ初めての出展であまり自信がないものですから、お客様から望まれた時だけ名刺をお渡ししようと密かに思って会に臨んだのですが、蓋を開ければ多くの皆様が名刺交換をして下さり、その一枚一枚がこの日の私の大きな財産となりました。
今でもその名刺を眺めると、そのお客様と話した一瞬一瞬が鮮明に蘇って参ります。

ふたつめ。
我々のブースを2度3度と繰り返し訪れて下さったお客様がたくさんいらした事。
一度お話ししたお客様がしばらくしてまた戻って来られた時というのは、少しでも弊社のお酒を気に入って下さったかあるいは関心を持って下さった証拠と勝手にひとりごち、それをその都度心の励みにしておりました。
同じお客様と何度もお話ししているとだんだん気心も知れてきて、ついプライベートな話題にまで及んで花が咲くという楽しさも味わうことができました。

みっつめ。
知っている方は誰も見えないだろうという事前の予想に反して、驚くほど多くの顔見知りの皆様がお越し下さったこと。
中には、日頃東京でお世話になっている飲食店の常連のお客様で、私はよく存知上げている反面、先方は私のことは知らないだろうと思っていた皆様が名指しで次々に来られて、感激する場面もしばしばでした。
自分は多くの方々に支えられていると思った一瞬でもありました。

夕方から会は一層賑わいを増し、続々と来場されるお客様との会話で息を付く間もないほどの忙しさです。
でも楽しさが先行して、まったく疲れを感じないんですね。
そして午後8時、場内に「蛍の光」が流れてきて終了の時間が来たことを知りました。
本当に充実してあっという間の7時間でした。

この日最後のお客様となった、やはり今日何回も弊社のブースを訪ねて下さった若い女性を名残り惜しみながらお見送りして、私にとっての初めての「長野の酒メッセ in 東京」が無事お開きとなりました。

念のためかなり多めに持っていったお酒も、数えてみれば1本を残すだけ。
その空ビンを片付けながら、充実感に溢れた今日1日の余韻に浸ったのでした。

この日和田龍酒造のブースを訪れて下さった皆様、改めまして心より御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

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