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これ、飲んだことあります!

2010.08.05

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週刊誌「モーニング」連載中の「神の雫」。
ワインの世界を分かり易く描いた作品として連載開始直後から人気を博し、昨年はテレビドラマ化もされ、その人気は日本だけでなくヨーロッパなど海外にも及んで、今なお好評連載中です。

高名なワイン評論家だった神崎豊多香を父に持つ主人公の神埼雫、そしてカリスマワイン評論家として君臨する遠峯一青。
このふたりが、神崎豊多香が生前に残したワインコレクションを巡って、遺言に書かれた12本の謎の極上ワイン(=「十二の使徒」)の正体を、世界中を駆け回りながら1本1本当てていくというのが大まかなあらすじです。

「第一の使徒」から始まり、それぞれのワインの正体が明かされると同時に、同じワインが市場で品切れを起こすという社会現象をも巻き起こしているこの作品、現在はシャンパンをテーマとした「第八の使徒」の正体がこのたび明かされたばかりです。

その「第八の使徒」のシャンパンの正体というのが、ズバリ、「ジャック・セロス・キュベ・エクスキーズ NV(ノンヴィンテージ)」。
私これ、しばらく前に飲んだ事があります!

ジャック・セロスは、今や押しも押されぬシャンパン界の寵児で、そのうなぎ昇りの人気と共に世界中でオファーが激増、そして値段も高騰の一途です。
このジャック・セロスのシャンパンは全部で6種類あり、中でもこの「キュベ・エクスキーズ」は平均年間生産量わずか150ケース!と、その希少性でも群を抜いています。

さて、私がそんな極上の1本を飲んだのは、このブログでもたびたび登場する上田市内のレストランバー「リビアーモ」。
とはいっても注文したのは私ではなく、カウンターで席を並べた隣のお客様なのでした。

思い起こせば数ヶ月前、この日はカウンターでついつい飲み過ぎて、気が付いたら時刻は既に午前2時。
さすがにもう帰ろうと腰を上げようとしたところに、私とは旧知のそのお客様が入店されました。
しばらくしてその方がシャンパンを所望され、それでは、という事でオーナーから提示されたのがこの「ジャック・セロス・キュベ・エクスキーズ」でした。

このシャンパンがお店のストックとして存在する事自体驚きなのですが、更に驚く事に、そのお客様はその申し出を快諾。
かくして1本の「ジャック・セロス」が世に解き放たれました。

そして嬉しい事に、せっかくだからと私にもおすそ分けの1杯が回ってきて、ただただ感涙に咽ぶ私。
シャンパングラスの中で輝く、その泡立つ黄金色の液体をいとおしむ様に眺めつつ、時間を掛けてじっくりと、その珠玉の一杯を最後の一滴まで飲み干しました。

宝石のような泡立ち、そして口に含むとねっとりと舌を包み込む、優しく繊細かつ柔らかな味わい。
これがまさにあの「ジャック・セロス」なのかと、酔った頭を瞬時に冷静モードに切り替えて、このおいしさを自分の記憶に叩き込もうと懸命でした。

そして先週の木曜日。
「モーニング」を開いて、「神の雫」の「第八の使徒」として件のシャンパンが載っているのを見て、感動とともに私はすぐさま「リビアーモ」のオーナーに連絡を入れたのでした。

こんな酒屋もある。

2010.07.28

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今日は一軒の酒屋さんをご紹介します。
タイトル通り「こんな酒屋もある」。
神奈川県横須賀市にある「日本酒専門店 Sake 芯」がそのお店です。

こちらのお店、実は店舗がありません。
店主の松尾さんのご自宅の一室、そこがそのまま「試飲室」であり、そして「お酒売り場」なのです。

先日初めてこちらのお店を訪問しました。
京浜急行の横須賀中央駅で下車、坂道が続く閑静な住宅街を歩くこと約10分、左右を見渡しながら注意して歩いていると、普通の家の玄関の脇にひっそりと掲げられた「Sake 芯」の看板を見つけました。
ここに来ようと思わなければまず見つけられない、そんな立地です。
ようやく辿り着いた安堵感と共にベルを鳴らすと、店主の松尾伸二さんが出ていらっしゃいました。

松尾さんに案内されるままご自宅の2階に上がり、すぐ脇の一室に入ると、そこは普通の和室。
1人掛けの椅子と、机を挟んで2人掛けのソファがすぐに目に入ります。
しかしこの和室こそが、松尾さんがお客様をお迎えし、納得のゆくまで試飲と対話を繰り返した上でお気に入りの1本を選んで頂く、いわば接客の場なのです。

松尾さんがこのお店をオープンさせたのは今年の1月。
それまで長年の間、大の日本酒愛好家だった松尾さんは、どうしてもお酒を扱う仕事に携わりたいという思いから、昨年ついに脱サラして酒販免許を取得(この行動力!すごい事です)。
そしてその際に選ばれたのが、商品陳列に頼らず、あくまでも対話と試飲とを最優先したこのスタイルだったのです。

しばし酒談義に花が咲いたあと、それではせっかくだからと松尾さんはお盆に乗ったいくつもの利き猪口と、そして部屋の片隅の冷蔵庫から試飲用のお酒を何本も出して下さいました。
恐縮しながらも、松尾さんが選ばれた極上の1本を次々と堪能。
どのお酒も個性に溢れ、そして松尾さんの愛情に溢れている事がよく分かります。
これらのお酒を松尾さんと語りながら味わっているうちに、気が付けばいつの間にか「Sake 芯」ワールドにどっぷりと浸かっている自分に気が付いたのでした。

ちなみに部屋の片隅の冷蔵庫はあくまでも試飲用のお酒を冷やしておくためのもので、販売用はご自宅の隣にプレハブ冷蔵庫がデン!と鎮座しております。
駐車場の奥に置かれたこのプレハブ冷蔵庫を見た時は正直驚きました。
ちなみにこちらは、生酒が多いために常時-5℃に設定されているそうです。

楽しいひとときはあっという間に過ぎてしまいます。
そろそろお暇しようと席を立ったところ、思いも掛けない嬉しいお申し出を頂きました。
私が横須賀出身のⅩ-JAPANのHIDEの大ファンで、以前横須賀市内にあったhide Musieumにも足を運んだ話を覚えていて下さって、海岸沿いにあったそのミュージアム跡地まで車で案内して下さったのです。
実のところ、せっかく横須賀まで来たのだから、帰りにこの場所に立ち寄ってみようと思っていたものですから、あまりにもタイミングの良いお誘いに感激する事しきり。
車を降り立ち、見渡した跡地は当時の面影は全くなく、それでもここには確かにあのhide musieumがあったのだという感慨で、しばらくの間胸が熱くなったのでした。

写真:店主の松尾伸二さんと「試飲室」兼「お酒売り場」

こんな晩もある。

2010.07.20

相変わらず飲み続ける毎日です。

家に居れば居たで、いつもの習慣で他の蔵元のお酒をずらりと並べて片っ端から飲み倒し(勉強にもなるし何より楽しいのです)、外に出たら出たで1軒では飽き足らず、余力があればお気に入りの居酒屋やバーをハシゴする繰り返しです(ただし財布の余裕もあれば、の話ですけど)。
外で飲んだ時は、この辺で切り上げようと思っていても、結局はお酒や仲間の魅力に負けてしまい、気が付いたら日付が変わっているという事もしばしばです。

先日もこんな事がありました。

その日は月に一度の定例の飲み会で、男ばかり11名、いつもの居酒屋でどんちゃん騒ぎで盛り上がり、重い腰を上げたのが午後9時過ぎでした。
私もかなり酩酊してはいましたが、その足で以前このブログにも登場した近くの割烹「海鮮処・祭」へ。
ただし今日は飲むためではなく、近々開く宴会の予約をするために出向いたのでした。

ここ連日飲み会が続いた事もあり、さすがに今日はすぐに帰ろうと決意をして、お店のご主人と女将に要件だけを告げお店をあとにしようとしたところ、思わぬ話題で3人で花が咲いて、しばらく立ったまま歓談。
そうこうしているうちに「一杯飲んでいきなよ!」というご主人からの誘惑に負けて、結局はカウンターに座って飲み始める事と相成りました。

ちょうど宴会のお客様も引けたあとで、ご主人が調理して下さる旬の食材を肴に舌鼓を打ちながらグイグイと杯を重ね、うしろ髪を引かれながら席を立ったのは午後11時過ぎでした。

無事帰宅し、一風呂浴びて寝ようとしたところ・・・明日の早朝までに準備しなければならない買い物にハッと思い付いたのが運のツキ。
いつもならば明朝買い物に出向けばいいと冷静な判断が下せるのですが、そこは酔っ払いの勢いというもの。
気が付けば24時間営業のスーパーに向けて、再度自転車を漕ぎ出しておりました。

そのスーパーまでは自転車で約20分、決して短かい道のりではありません。
しかも、今あとにしたばかりの上田の夜の繁華街を再度突っ切らなければならないのです。

こういう時は偶然が重なります。
こちらも先月のブログに登場した「レストランバー・リビアーモ」のオーナーが、ちょうどお客様のお見送りで外に出てきたところにバッタリ遭遇。
さすがにその時は「ちょっと買い物があって」と事情を説明して、そのまま買い物に向かいました。

しかし現金なもので、いざ買い物が済んで安心すると、先ほど彼と会ったのも縁とばかりに、気が付けば買い物袋を提げたまま「リビアーモ」のドアを開けておりました。
「今日は一杯だけで帰るから」そう告げて、「レッドアイ」(ビール&トマトジュース)をキューっと空け、それではお勘定と思った矢先・・・ここでまた出来事が。

先程からカウンターの2席向こうでひとりで飲んでいた常連の女性が、スタッフの女性と囁いているのが聞こえてきます。
「あちらにいるのは和田さん?」
ギクリとしながら、さり気なくその女性の顔を窺ったところ・・・見覚えがありません。
誰だろうと思案していると、そのスタッフの女性が「和田さんの高校時代の部活の後輩との事です」と伝えてくれました。
高校卒業以来15年以上ぶりの再会、しかも女性とくれば、それは分からなくても仕方ない事と自分自身を納得させます。

そして彼女と挨拶を交わしたのですが、彼女は私を試しているのか、笑うだけで自分の名前を名乗ってくれないんですね。
後輩とだけ告げられて、1年下か2年下の後輩なのかも分からない。
それでも女性の名前を間違ること許されまじと、私は酔った頭をフル回転させて、当時の後輩の名前をひとりひとり記憶の彼方から呼び起こします。

表面上は平静を装ってはいても頭の中はフルスロットルです。
しかし酔いが頭の回転を妨げます。
そしてようやくひとりの後輩の名前に絞り込んで、勇気を出して恐る恐る「あなたは××さん?」。
間違ってました・・・爆。

いくつかのヒントでようやく彼女の正体(?)が分かってみると、紛う方無き高校時代の面影を残すNさんでした。
名前を間違った後ろめたさと、しかし本当に久々に会話を交わす楽しさとで、帰るはずだった私はまたカクテルを注文し、しっかりと腰を落ち着けていたのでした。

そんなこんなで時刻は深夜0時過ぎ。
帰途に付く準備をし始めたNさんを見て、今度こそ私もお暇(いとま)をと思った矢先、お店のドアが開いて入ってきたのは、以前から顔は知っていたもののこのお店で話をして俄然仲良くなったFさん。
「和田さん、隣いいっすか?」と、私とその後輩の間に座り、彼の楽しいトークが一気に炸裂します。
私はといえばいつの間にかスコッチをストレートで何杯も煽り、後輩のNさんをお見送りしたあともFさんと大層盛り上がって、家路に付いたのは午前2時半のこと。

ちなみに翌朝、というかこの朝の起床予定は4時半。
それでも帰宅してきっちり風呂に入って(健康上あまりよくないですよね)、居間のソファの上で束の間の睡眠に入ったのでした。

たくさんの偶然とそして出会いとに囲まれた、こんな晩もあります。

「酒祭り夏祭り」

2010.07.13

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去る10日(土)、東京都内の日本酒専門居酒屋で「酒祭り夏祭り」と題した日本酒のイベントが行なわれ、私も参加して参りました。

きっかけは1本のメールでした。
この5月に本ブログにも掲載した「長野の酒メッセin東京」に初出展した際、弊社のブースに何度もお立ち寄り頂き、それ以降数多くのアドバイスを頂いている都内の地酒専門酒販店の番頭さんから連絡があり、よかったらぜひ参加してみないかとの事。
当日は他にも多くの蔵元が見えられるので、きっと勉強になるはずだからというお誘いに、考える間もなく出席のお返事を差し上げておりました。

そして当日。
まず向かったのは集合場所に指定されている、その番頭さんが勤める地酒専門酒販店。
ここにたくさんの高名な蔵元の皆さんが集まるかと思うと、お店に近づくごとに緊張が高まります。
でも入口をくぐって最初に目に入ったのが、同じ長野県の高沢酒造の高沢さんご夫妻、今ものすごく注目されている蔵元さんです。
知った顔に出会えた安心感もあって一気に気持ちもほぐれ、あとは次から次に見えられる蔵元さんと名刺交換をしながら時間を過ごしました。

そうこうしているうちに定時となり、番頭さんを先頭に会場の日本酒専門居酒屋へ移動します。
初めてお伺いするこのお店、実はこちらの若き店長さん以下スタッフの皆さんも、これまた「長野の酒メッセin東京」以来たくさんのエールと叱咤激励とを送って下さる方々なのです。

お店の入口には「当店は日本酒の専門店です。申し訳ございませんが、日本酒を飲まない方のご入場はご遠慮願います」から始まる長文のメッセージが貼り出されていて、お店の日本酒に対する熱い思いにまず感動。
そして入口をくぐると、店長さんをはじめ顔馴染みとなったスタッフの皆様が出迎えて下さって、またまた感動。
そんな中、会に先立って、まずは蔵元のみでの利き酒が始まりました。

テーブルというテーブルにはこの日訪問した全蔵元のお酒が所狭しと並んでいて、私も他の皆さんの例に漏れず、片っ端から栓を空けて試飲していきました。
それにしても感動したのは、一本の例外もなく、とにかくお酒が旨い事!
しかしその旨さのベクトルは全て違っていて、どのお酒も一本一本がしっかり造り手の思いを自己主張して、それぞれが異なる旨さなのです。
言い方を変えれば、今ここで改めてブラインドで試飲しても全部当てられる、そんな個性にどのお酒も満ち満ちているのです。
それは、どの蔵元も自分の目指す酒質の方向性をしっかり定めているからに他ならないからでしょう。

時間を惜しんで利き酒しているうちに少しずつ他のお客様も入られてきて、気が付けば店内は満席。
時計は午後5時、イベントの開始時間となりました。
各々があらかじめお店に指定された席に着いて、店長さんの乾杯の発声のもとパーティは始まりました。

4人掛けの私のテーブルには、新潟県の千代の光酒造さん、料理研究家の稲垣知子さん、そして偶然にも以前から交流がある「オレンジページ」のムック本の女性編集長が同席されました。
利き酒会で抜栓した一升瓶がそのまま各テーブルに振る舞われ、ひと通り飲み終わるとテーブルごとにその一升瓶を交換し合い、差しつ差されつしながら、我々のテーブルでも楽しい会話に花が咲きました。

千代の光さんからは醸造技術のあれこれを、料理研究家の稲垣さんからは日本酒と料理とのマリアージュをはじめとした「食」にまつわる知識を、そして旧知のオレンジページ編集長とは近況報告を含めた四方山話を伺いながら、楽しい時間は過ぎていきました。

そうこうしているうちに時計は午後9時。
とりあえず中締めという事で一度はその場を締めたものの皆さんなかなか席を立たず、かくいう私も楽しい会話を肴にさらに飲み続ける事しばし、重い腰をようやく上げたのは午後11時近くでした。

たくさんの仲間とたくさんのお酒とそしてたくさんの学びとに囲まれた今日の7時間を振り返り、駅までの道のりを心地良い余韻に浸りながらゆっくりと歩きました。
そして駅の切符売り場で少考し、今宵この余韻をもう少し楽しむために、私の足は宿泊先のホテルではなく、もう1軒次のお店へと向きを変えたのでした。

サービスの精神とは?

2010.07.06

週末を利用して、毎年恒例の社員旅行へ行って参りました。
社員旅行とは言っても、ほんの数名の勝手気ままな小旅行です。
今年の行き先は能登半島の和倉温泉周辺をチョイス。
今回はその時宿泊した旅館での出来事です。

ちなみにこの旅館はネットで調べて選びました。
そこそこの予算で評判の良い旅館を片っ端から検索し、名前の挙がった数軒のうちの1軒をその場でネット予約致しました。
もちろんこれはある意味賭けで、この選択が吉と出るか凶と出るか、わくわくしながらその日を待ちました。

さて当日、小雨がそぼ降る七尾市内を観光した我々は、午後4時頃その旅館に到着しました。
正面玄関に車を付けると、早速和服姿の係の女性が駆け寄ってきて、気持ちの良い挨拶を頂きます。
車を預けて中に入り、まずはチェックイン。
名前を告げると、担当の女性は前日に予約確認の電話を頂いた方だったのか、あらっ!という笑顔を頂きながら心地良い手続きが進みました。

旅館やホテルに宿泊する際、チェックインは最初に心躍るひとときです。
チェックインの時の印象の良し悪しによって、その旅館やホテルへの期待度も大いに変わって参ります。
そんな意味からも、今回の宿泊はスムーズかつ快適な流れの中で始まりました。

ささやかな事件が起こったのはその次でした。

受付のその女性と、もうひとりフロントの責任者らしい男性のふたりが、フロア奥の広々としたラウンジを示しながら「あちらでお茶をお出ししますね。その時に(リザベーションカードに)サインを頂きます」と言ったのを受けて、我々はラウンジ内の窓側のテーブル席に腰を落ち着けて、能登の海岸風景をしばし楽しんでいました。

余談ですが、山国に住む信州人の海に対する思い入れは、それはそれはハンパではありません。
乗り物に乗っていて海が見えた瞬間に「海だっ!!」と叫ぶのは当たり前。
電車に乗った信州人が、海が見えると全員が海側の座席に移動して電車が傾くという話もあながち冗談には聞こえないほど、長野県民にとって海は憧れなのです。

閑話休題。
さて、そんな訳で、我々一行もしばらくは海の眺めに見とれていたのですが、それにしてもお茶が出るどころか旅館のスタッフが来る気配すら一向にありません。
そうこうするうちにも、先着のお客さんは次々に客室係に案内されて部屋へ移動していくのを見て、ついにラウンジ内で立っている和服の女性に声を掛けました。
「待つように言われているのですがずっと待たされっ放しで、一体どうなっているのですか?」
怪訝な顔をしたその女性から返ってきた答えは「お待ち頂くようにという事でしたら、そのまま今しばらくお待ちください」というものでした。

それでも待てど暮らせど誰も来る気配がないのにシビレを切らした私は、フロントに折り返し、先ほど対応してくれたフロントのおふたりにちょっと語気を荒げて「ずっと待たされているのですが、どうなっているのでしょう?」と訪ねました。
その瞬間、おふたりの顔色がさっと変わり、「申し訳ございません!」というお詫びの言葉と共にカウンターから飛び出して来られました。
どうやら手違いで我々には引き継ぎが出来ていなかったようです。
素直に非を詫び再三再四頭を下げるおふたりの姿にすぐにわだかまりも溶け、私はひとまずテーブルに戻りました。

そんな私を追うように、係のふたりはテーブルまで飛んできて、再度のお詫びを繰り返します。
そしてこの短時間でいつの間に用意したのか、「よろしかったらお使いください」と、そのラウンジの無料のコーヒー券が人数分入った包みを手渡してくれたのです。
その言葉と態度には、フロントマンとしての気持ちと誠意がしっかりとこもっていました。

私は別にお詫びの品物が欲しかった訳ではもちろんありません。
ただ、クレームが付いた瞬間に何が起きたのかを察し、そして瞬時にこのような精一杯の対応を示してくれたのが、この旅館の姿勢そのものに触れたような気がして嬉しかったのです。

そのあと部屋まで案内してくれたのは、先ほどラウンジ内で曖昧な返答をした女性でした。
しかし彼女も、何が起きていたのかが分からなかった事を素直に認め、部屋に入ってから丁重に詫びの言葉を重ねました。
その事で我々の気持ちもより一層和み、彼女といろいろな会話が弾みました。

ところで、この旅館の食事のシステムがひと味違っていて、私はとても気に入りました。
そのシステムとは、食事処の営業時間内であれば、宿泊客は何時に足を運んでも構わないというもの。
通常は部屋に通されるのと同時に食事の時間を決めさせられ、その前後の時間まで拘束されてしまうのが常なのですが、こちらではいつ食事に行ってもいいというたったそれだけの事で、それ以外の時間も気持ちに余裕を持って過ごす事ができました。
加えて、日頃夕食の時間がかなり遅い私にとっては、多少遅く食事処に行っても許される、これは大変ありがたいシステムでした。

ちなみに、食事中に何気なく周りを見渡すと、先ほど部屋まで案内してくれた女性がせっせと給仕をしていて、目が会うと気持ちのよい笑顔と挨拶とを我々に向けてくれました。
その笑顔は決して義務感からでなく、真心のこもった暖かなものでした。
たったこれだけの事で、食事の時間がさらに楽しいひとときとなりました。

そして翌朝のチェックアウト。
応対をして下さったのは昨日と変わらぬおふたりでした。
ここで今一度おふたりから丁重なお詫びがありました。
そこで私は「温泉をはじめとして館内の施設といった「ハード」はもちろんですが、今回は皆様のサービス精神という「ソフト」を堪能させて頂きました」と返答致しました。

確かに最初は些細なミスから始まった今回の滞在でしたが、そこからの捲土重来を期したスタッフの皆様の態度と姿勢が、逆に大きな感動を感じさせて頂く結果となった、私も大いに学ばせて頂いた価値ある1泊でした。

更に驚いたのは、チェックアウトを終え、車に向かう私たちを見送って下さった(たぶん)女将からも「今回は大変な失礼をしてしまいまして本当に申し訳ございませんでした」という言葉を頂いたこと。
よく「ほう・れん・そう」、即ち「報告・連絡・相談」という、企業として欠かす事のできない三要素が挙げられますが、この点においてもこの旅館はそれが徹底されていると、改めて感心した次第です。
そんな女将の言葉に、私も「次にご縁があったその時はぜひまた宜しくお願い致します」と感謝の言葉を述べて旅館をあとにしたのでした。

この旅館は、和倉温泉「ゆけむりの宿 美湾荘」といいます。

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