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プレストシンボリ

2013.12.28

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前回の続きです。

出張2日目の午後、私が会う約束をしていたのは、弊社のお酒が東京に進出するきっかけを作ってくれた大恩人、都内の地酒専門店の番頭Sさんでした。
Sさんには折に触れたくさんの叱咤激励を頂き、時に厳しく時に暖かなそのアドバイスに私は何度救われてきたか数え切れません。

今回も久々にSさんに会いたいという思いが募り、休日を取られていたSさんに半ば強引にアポを取り付けたのでした。

そしてSさんの住む千葉県舟橋市の某駅で落ち合った我々が、Sさんの自家用車で向かった場所、それは思いも掛けぬ場所でした。

ASANO HORSE LIFE-ing。

そこは千葉の郊外に出来たばかりの小さな乗馬クラブでした。

「和田さん、たまには頭を真っ白にして楽しむことも大切ですよ。こういう時間はきっと次に生きるはずだから」
そう、Sさんは私の明日への仕事の活力のために、ご自身が通う乗馬クラブにわざわざ予約を入れておいて下さったのでした。
もちろん私は乗馬初体験です。

その日私を指導して下さったのは獣医でもある小泉弓子先生、笑顔が素敵なとってもチャーミングな女性です。

そして私が乗せて頂いた馬、彼こそが若かかりし頃JRAの競走馬として活躍していた名馬「プレストシンボリ」だったのです。
初心者のくせに、気持ちはいきなり岡部幸雄です。

しかし馬に乗るその前に、小泉先生とSさんはまずは馬の「いろは」を丁寧に教えて下さいます。
エサのあげ方、馬の触り方、耳の動きから察知する馬の感情・・・目の前のプレストシンボリとたっぷりコミュニケーションを取ったあと、さあいよいよ騎乗です。

結論から申し上げます。

「馬に乗る」という事がこんなに楽しく、こんなに気持ちよく、そしてこんなに無になれるとは・・・。
目の前に広がる壮大な視界、肌に当たる心地よい空気、そして私の下の馬との一体感、それはこれまで経験した事のない素晴らしい体験でした。

最後に小泉先生が「それではひとりで乗ってみましょう」とたずなを放されて、自分の手でプレストシンボリを操っている時の快感といったら。
端から見ればヨチヨチ歩きにしか映らないであろうビギナーの乗馬姿も、馬上の私は、気持ちは騎手そして西部劇のヒーローでありました。

あっという間の楽しい2時間を過ごし、小泉先生にお礼を言いながら乗馬クラブをあとにした我々は、今度は現実の世界に戻り、Sさんの案内で千葉の酒販店を見学しながら、ふたりで尽きる事のない日本酒談義に花を咲かせたのでした。

白身のオムレツ

2013.12.19

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11月は結局一度も出張出来ずじまい。
そんな中、先日ようやく一泊二日で東京へ行く時間が取れました。
その日の晩は親しいお店をハシゴして、ホテルへ戻ったのは相も変わらず午前様でした。

そして翌日、朝食を取りに行ったホテル内のお気に入りのレストラン。
ここで私が大好きな裏メニューが、写真にもある「白身のオムレツ」です。
とあるきっかけでこの裏メニューがある事を知ったのですが、スタッフに頼むと快く応じてくれるのが嬉しいです。

待つ事しばし、真っ白なオムレツが運ばれてきて、まずは目で楽しみます。
そして別の器で一緒に出てくるのが「香草のソース」、これがまた何とも香りが高くて抜群の相性。
これをたっぷりオムレツにかけて、いざ口に運ぶと、さっぱりしていておまけに低カロリー、あっという間に完食です。

ちなみにこのレストランには、極めてホスピタリティの高い女性のスタッフがひとりいて、彼女に会うのも楽しみのひとつです。
この日も私は半年ぶりの訪問だったのにもかかわらず彼女はすぐに気が付いて挨拶をしてくれ、楽しい朝食がよりいっそう心踊る時間になったのでした。

さあ、今日も1日頑張るぞと早々にチェックアウト。
そしてこの日、私は思いも掛けず人生で初めての楽しい経験をする事になったのでした。
それはまた次回。

立川流の名著

2013.12.12

先日、自宅で酒を飲みながらふと思い立ち、2冊の本を書架から引っ張り出して、一気に再読しました。

立川談春「赤めだか」。
立川談慶「大事なことはすべて立川談志に教わった」。

どちらも著者が立川談志に入門してから真打になるまでを描いた自伝です。
そしてどちらも笑いと涙、そして師匠へのあたたかさと愛情に満ちた名著です。

この2冊の本で改めて実感させられるのは、人生回り道というのは決して無駄ではないという事、そして長い人生の中で「報恩」という思いがどれだけ大切であるかという事です。
一見破天荒でありながら実は人一倍の繊細さを持ち合わせた立川談志と、そこにしがみつきもがきつつ、不器用ながら二つ目・真打へと上り詰めていく談春・談慶。
この2冊、私は読んでいて涙が止まらなくなりました。

私自身、酒に逃げたくなる夜というのは正直あります。
しかしこれらの本を読んでいると、回り道や不器用さに真正面から立ち向かい、そして克服していく過程が、やがては一流と呼ばれる道へと繋がる事を再確認させられ、励まされるのです。

そしてもうひとつ実感するのは、ああ、落語が聞きてえ・・・。

「ジャズと爆弾」

2013.11.24

所要で近所のショッピングモールを訪れた際、ついでに同じモール内にある書店を覗いてみました。
そして日本文学のコーナーで思わず目を引いたのが、村上龍「限りなく透明に近いブルー」のハードカバー版でした。

村上龍のデビュー作であり、若干24歳で芥川賞を受賞した本作、今は講談社文庫でしかお目に掛かれないと思っていましたが、こんな小さな書店の片隅にハードカバー版がひっそりと置かれている事に驚きました。
あるいは新装版として再発売されたのでしょうか。

私が本書を読んだのは高校生の時でした。
「限りなく透明に近いブルー」という魅惑的なタイトルとともに、その衝撃的な内容と文体の虜となり、「海の向こうで戦争が始まる」そして「コインロッカーベイビーズ」を立て続けに読破。

続いて村上龍の名前に惹かれて買ったのが、私の文学感を一変させたといっても良い一冊、中上健次との対談集「ジャズと爆弾」(旧題「俺たちの舟は、動かぬ霧の中を、纜(ともずな)を解いて、-。」)でした。

その知的好奇心溢れる内容に挽かれ、高校時代、それこそボロボロになるまで本書を読み耽りました。
そしてそれが、私が最も敬愛する作家のひとり、中上健次との出会いでもありました。

セリーヌ、ジャン・ジュネ、コクトー、マルキ・ド・サド、サルトル・・・本書の対談の中で登場する、ふたりが傾倒した作家は私もすべて読み込まねば、そう思って、書店で彼らの名前を見つけた時は片っ端から買い漁りました。
私が通った大学の図書館で「セリーヌ全集」全巻を発見した時は身震いするような感動に包まれたものでした。

本書の中で、村上龍がクライマックスの「限りなく透明に近いブルーだ。」、この一文を書くためだけに、どれだけの試行錯誤と執筆中での我慢を積み重ねたかを熱く語り、そして中上健次も「俺も『限りなく透明に近いブルー』な夜明けの空を見たことあるよ」と同意し、しかしそれは安寧な生き方をしていては見ることのできない光景なのだと同調するシーンでは、文学者、表現者としてのカッコよさにシビれまくったのを今でも覚えています。

その後ふたりは文学者としてははっきりと違った方向性を歩んでいきましたが、その原点としての対談集「ジャズと爆弾」は、今でも私にとって掛け値なしに珠玉の一冊です。
ハードカバー「限りなく透明に近いブルー」の背表紙を眺めながら、そんな事に思いを馳せた書店での夜でした。

ありがとうございました。

2013.11.16

父が急逝して早2週間が経ちました。

本当に突然の死でした。
悲しみや驚きに浸る間もなく、次から次へと父の旅立ちの準備に追われる日々が始まりました。

通夜や告別式の準備をしながらも仕事は待ってくれず、怒涛のような毎日を過ごして参りましたが、その間、多くの皆様が私たちを支えて下さいました。

人はこのような悲しみの真っ只中にある時、周囲の方々のご厚意がどれだけありがたいものかを、今回改めて身に染みて実感することができました。

告別式は予定をはるかに上回り3時間に及び、ご来訪頂いた皆様には多大なご迷惑をお掛け致した事と思います。
しかし、上田市内はもとより市外・県外からご参列頂いた大勢の皆様が、父のためにわざわざお時間を作って駆け付けて下さった、そのお気持ちが本当にありがたく、おひとりおひとりにもっともっとお礼を述べたい思いでいっぱいでした。

そして訃報を知った父や私の多くの友人が「何でもするから言ってくれ」と掛けてくれたその言葉がどれだけ励みになったか、計り知れません。
お言葉に甘えて電話をすると間髪を入れず出てくれる、その事からだけでも友人たちのあたたかな思いが感じ取れて、涙の出る思いでした。

今回父を見送って下さった皆様、そして我々家族を支えて下さった皆様、心から、本当に心から御礼申し上げます。

私ももう少ししたら元気になります。
そして父の意志を継いで、これまで以上に頑張る所存です。
ぜひこれからも変わらぬお付き合い、そしてお力添えをよろしくお願い致します。

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