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「舞妓はレディ」

2014.09.27

同じ映画を間を空けずに2回観に行く、という経験を久々にしました。

周防正行監督「舞妓はレディ」。

周防正行は名前で観に行く数少ない監督のひとりなので、心躍らせながら映画館に駆け付けましたが、期待を裏切らない素晴らしいファンタジーでした。

まず何より、スクリーンからあふれ出る計算し尽くされた重厚感と、そして圧倒的な映像の美しさに、ひたすら脱帽!

冒頭の京都のお茶屋の一室でのカメラワークと会話の妙味。
そして舞妓を目指す主人公春子の登場から、スクリーンいっぱいに花街を舞う芸妓をバックに現われる「舞妓はレディ」のタイトル。

この15分間のオープニングだけで私の心を鷲づかみです。

「マイフェアレディ」、そして自身が監督した「Shall we dance?」へのオマージュ。

京都の花街とお茶屋の奥深さを愛情込めて描き切った、周防監督の力量の見事さ。

冨司純子、岸辺一徳、竹中直人、草刈民代・・・踊りや京都弁や京文化を引っさげて、花街に生きる人間を生き生きと演じたキャストの素晴らしさ。

そしてオーディションで選ばれた主人公春子を演じる、16歳の上白石萌音の愛くるしさ。

映画が進むにつれ彼女がどんどん輝いて見えるその様は、さながら「サウンド・オブ・ミュージック」のマリアや「ロッキー」のエイドリアンを彷彿させる思いでした。

2度目を鑑賞していても、退屈するどころか、1度目は気が付かなかった発見や驚きがそこここにあって、むしろ2度目のほうが感動が大きかった気さえします。

そしてクライマックスの大団円のダンスシーン。
今も映像とともにテーマ音楽が耳から離れません。
さらには、あっ、こんなところにも「Shall we dance?」が!

周防監督の面目躍如たる、ひたすら素敵な一作でした。

それにしてもエンドクレジットで名前を見つけた加瀬亮と瀬戸朝香は一体どこに出ていたんだろうと調べてみたら、何と・・・。
しかもたった5秒間だけ。

よかったら観てみて下さいね。

「落語力」

2014.08.30

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本関連の話題が続きます。

素敵な一冊が発刊されました。

立川談慶「落語力」。

ひとこと、めっぽう面白いです。

立川談慶は信州上田に生まれました。
慶応義塾大学卒業後、女性下着で有名なワコールに就職しましたが、落語家の夢断ちがたく立川談志に入門。
ちなみに前座時代の名前は「立川ワコール」でした。

立川談志の愛情と理不尽さにもまれながら真打へと登りつめていく様子は、前作「大事なことはすべて立川談志に教わった」に詳しく書かれていますが、こちらは涙に濡れそぼった一冊でした。

打って変わって今回の「落語力」は、談慶がワコール就職~前座・二つ目の下積み時代を振り返りながら、無駄と思うことこそが実は大事なんだという切なる思いを、落語のネタにシンクロさせながら綴った、勇気と元気とをもらえる一冊です。

とはいってもそこは立川流の面目躍如。
文章のそこここで爆笑の嵐となること請け合いです。

事実私は読んでいたスターバックスで、本当にアイスコーヒーを吹き出してしまいました。

理不尽さに苦しみもがいた前座時代があるから今の自分がある、前座時代を経験しない者は信用しない、そう公言する談慶が腹の底から搾り出す言葉だからこそ、大きな説得力を持って読む者の心を揺さぶります。

一気読み間違いなしの本書、お薦めです。

熊野大学

2014.08.22

夏というと「熊野大学」を思い出します。

今まだ「熊野大学」は続いているのだろうかと検索してみたところ、ちゃんとホームページがあるのですね。
そして今年もしっかりと開講されていることを知って嬉しく思いました。

「熊野大学」ホームページから抜粋します。


「熊野大学」は和歌山県新宮市出身の芥川賞作家・故中上健次氏によって1990年に設立されました。

「試験もない、校舎もない、校則もない」「だれでもいつでも入学でき、卒業は死ぬとき」という、そこに集うひとりひとりの志(こころざし)によって成り立つという全く尊い学校なのです。

中上氏は、氏の構想した「熊野学」の拠点とすべく「熊野大学」を設立されたのですが、惜しくも1992年夏46歳の若さで他界され、その後は氏の遺志を受け継いだ有志が中心となって活動を続けて現在に至っています。

毎年恒例の夏期特別セミナーは、渡部直己氏や高澤秀次氏にコーディネートいただき、 柄谷行人氏や浅田彰氏をはじめとする著名な評論家、作家、文化人等を ゲストに招いて開催されています。

(以上、ホームページより)


学生時代、この「熊野大学」に参加するためにどれだけ真夏の紀伊半島の新宮へ行きたかったことか。

そしてその数年後、中上の逝去の知らせを受けて、どれだけ悲しかったことか。

しかし中上健次の遺志は30年以上経った今も熊野の地でしっかりと受け継がれていました。

ちなみに今年8月8日~10日に開講された「熊野大学」は、同じく新宮が生んだ文学者「佐藤春夫没後50周年記念事業」と銘打って、「文学と女性性 ~佐藤春夫と中上健次をめぐって~」 というテーマで開催されました。

講師も以下の通り、そうそうたる面々です。(ホームページより抜粋)

大林宣彦、辻本雄一、松浦理英子、斎藤環、藤野可織、村田沙耶香、和賀正樹、中上紀、黒田征太郎(特別参加)、中村達也(特別参加)

上田から鉄道を使って最短でも約7時間の紀伊半島、新宮市。
遠いです。
でも、いつかまた中上健次の息吹をじかに感じるために、この地を訪問できる日を心待ちにしている自分がいます。

「美食の報酬」

2014.08.15

お盆前の怒涛の忙しさが一段落して、弊社は本日15日~17日までお休みを頂いております。
そんな静かな会社の事務所でこの文章を打っています。

このブログにもたびたび登場する私の友人、官能小説家の深志美由紀(みゆき・みゆき)がこのたび新刊を出しました。

「美食の報酬」(講談社文庫)。

数日前のアマゾンでは、何と売り上げが講談社文庫内でいきなり75位。
はっきり言って売れてます。

早速今日、上田の書店に買いに行きました。
が、置いてありませんでした。
近々東京へ行った折に書店で買い求めようと思います。

私は毎月かなり本は買うほうですが、基本的に本は今でもネットではなく書店で購入します。
これまでにネットで本を買ったのは数えるほどです。

思い出深いのは、学生時代に買って読んでは捨てを繰り返し、結局手元に残らなかった中上健次の「破壊せよとアイラーは言った」。
文庫ですが、探し続けてネットの古本屋さんでようやく見つけた時の嬉しさといったら。
定価の3倍ほどしましたが、それでも送料と併せて2,000円ほど。
安い買い物です。

私があえて書店で本を買う理由はふたつ。

ひとつは書店の空間が大好きだから。
たくさんの本に囲まれながら目的の1冊を探すひとときは至福の時間です。

そしてもうひとつは少しでも書店に儲けてもらいたいから。
古本リサイクルショップで本を買っても、作者に印税は1円も入らないそうです。
そしてネット社会で書店がどんどん駆逐されていく今、書店ひいては作家を守りたいのです。
カッコ良過ぎますかね。

さて、深志美由紀。

デビュー作で団鬼六優秀賞受賞作の「花鳥籠」は昨年秋映画化され、テレビではエンタメ~テレ「女の秘蜜 妄想ノススメ」でレギュラー出演し、本業の執筆でも脂が乗り切っている彼女。
新作ではどのような深志美由紀ワールドが展開されるのか、今から待ち遠しくて仕方ありません。

真夏に日本酒

2014.07.26

久々の休日に妻と向かったのは軽井沢の星野リゾート。

この日は昼から「呑む」予定だったので、あえて車ではなく、しなの鉄道(旧信越本線)→中軽井沢駅からシャトルバスという手間の掛かる移動手段で、上田から約1時間で到着しました。

早速向かったのは、蕎麦屋で一杯という訳で、星野リゾート内のショッピングモール、ハルニレテラスの一角にある蕎麦処「川上庵」。
旧軽井沢銀座の入口に本店があり、東京にも何軒か支店を出している老舗です。

和テイスト漂うモダンな店内に腰を落ち着かせると、早速メニューをチェックし、鴨焼き、ニシンと茄子の焼き浸し、本にがりすくい豆腐、そして地元佐久の地酒を注文。

少しして届いた熱々の鴨焼きを頬張りながら、冷酒を喉にすーっと流し込む、そのうまさといったら。

それにしても店内を通り抜ける心地良い風は、今が真夏である事を忘れさせるほどの爽快感です。

次々にテーブルに届く酒肴を楽しみながら、お酒をおかわり。
お皿に添えられた塩や本山葵がこれまた美味しく、これだけでも十分にお酒のアテです。

締めは天せいろ。
蕎麦の風味や味わいはもちろんのこと、どーんと鎮座した2尾の海老の豪快な天ぷらまで、川上庵の真髄を存分に楽しみました。

ほろ酔い気分で午後はリゾート内を散策。
夏の午後を堪能しているうちに、いつの間にか広いベンチで大の字で爆睡・・・(ちなみにこのベンチは「仰向けになってお休み下さい」と書いてあります)。

夕方からは、やはりエリア内にある「村民食堂」。

ここでもまずは日本酒です。
メニューの中から自由に銘柄を選べる「3種飲み比べ」セットを注文。
そして「稚鮎の干物」「きのこと野菜のチーズ焼き」「豚肉と信州サーモンの粕味噌焼き」がこれまたお酒にぴったりで、「飲み比べセット」をおかわりをしているうちにメニューの地酒をすべて制覇していましました。
お酒と料理とそしてお店の空間にすっかり酔った我々でした。

帰りの中軽井沢駅での出来事です。

切符の自動販売機に何度お札を入れても戻ってきてしまいます。
振り返ると、いつの間にか順番待ちの長い行列。
これ以上後ろに迷惑を掛ける訳にはいかないとお札を入れるのを諦め、隣にある窓口に移動しました。

ぴたっと閉じられている小さな受取口の隙間から、中にいる中年の男性駅員に向かって声を掛けました。
「すみません。販売機でうまく切符が買えないのでこちらでお願いできますか」
そうしたら、覇気のない冷たい声でぼそっとたったひと言、
「ここは今やってないので販売機で買ってもらえますか」

驚きました。
百歩譲って何らかの事情で窓口では売る事ができなかったとしても、困っていると言っているのだから、それをフォローしようと思うのがサービス精神ではないのでしょうか。
例えば、買った時の状況を聞くとか、あるいは券売機を見に行くとか、客の立場を案ずる手段が何かあったのではと思います。

普段は上田駅をはじめしなの鉄道各駅で、笑顔とともに気持ちのいい接客に触れている身からすれば、その冷淡さが信じられない思いでした。

仕方なく券売機に戻ったら列は進んでいて、結局は私のボタンを押す手順が間違っていた事が分かりました。
ですから、これに関しては私が悪いです。

しかし、いつも快適な思いをしている地元の第三セクターで、不意打ちのように出会った冷たさに物申すと言って聞かない私を妻がなだめつつホームに向かった夕暮れ時の出来事でした。

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