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ホテル・アンケート

2017.08.11

東京の定宿のホテルに泊まると後日メールでアンケートが送られてくるので、出来るだけ答えるようにしています。
特に文章で感想を書き込む欄には、素敵なサービスを受けた時はスタッフの名前も添えて、その時の場面を出来るだけ詳しく回答するようにしています。

ある時、親しいスタッフの方に「あのアンケートって役に立っているんですか?」と聞いたところ、お褒めの言葉があった時はすべてバックヤードで掲示されるとの事で「大いに励みになっています」と教えられました。

また逆に、ちょっと不愉快な思いをした際も、感情的にならずに極力客観的な文章で伝えるようにしています。
それは期待の裏返しである事を分かってもらえればと思っていると、次の訪問の際はしっかりと修正されているからさすがです。

ところで、大学生の息子が偶然同じ系列のホテルのメインダイニングでバイトをしています。

ある日息子から「この方、知ってる?」というメールが送られてきました。
そこには上司の名前と一緒に私の名刺の写真が添えてあり、「前のホテル(私の定宿のホテル)でお父さんに注意された時にもらった名刺だって」とのひとこと。

その瞬間、その時の様子がすぐに脳裏に蘇りました。

場所は朝食のバイキング・レストラン。
ただしいつもは席に座ると飲み物だけは希望を聞いて持ってきてくれ、それが朝の優雅なひとときに繋がるはずなのに、今回はそれがない。
近くにいるスタッフに聞いてみると「飲み物もすべてセルフサービスにさせて頂きました」との返事。

それだけのサービスがあるだけで快適さや格も随分と違うのにと残念がっている私のすぐ隣で、別のスタッフが座ったばかりの外国人の夫妻に「お飲み物はどうしますか?」と聞いているではありませんか。

百歩譲ってそれは外国人ゆえのサービスであったとしても、私はそういう、客を見て変える、むらのある接客が大嫌い。
しかもそれはたった今「廃止しました」と言われてがっかりしている私のすぐ横で広がっている光景だし。

すぐさま黒服のスタッフを呼び、経緯を説明して、「このレストランに楽しみに朝食を取りに来る客の気持ちを裏切らないサービスを心掛けてほしい」と伝えました。
その時に、言いっぱなしにならぬよう名刺を渡した彼が、別のホテルでバイト先の息子の上司になっていようとは。

名刺の写真を拡大してみると、私の名前の横に彼の手書きでその時の様子がひとこと走り書きされていました。
私は決して怒ったのではなく、より素敵な空間になるよう励ましたつもりだった気持ちがきちんと伝わっているのが分かって、今さらながらほっとした次第です。

それにしても縁ってすごい・・・。

「劇場」

2017.07.28

小説家、又吉直樹。
ご存知の通り、お笑いコンビ「ピース」の一員です。

彼の事も「ピース」の事もまったく知らずに、ただ若手芸人が芥川賞を取ったという話題だけで2年前に読んだ「火花」は、期待していなかった分も併せて、予想をはるかに越えて感動しました。

そしてこのたび発表された「劇場」。
これはもう、ただただ圧倒されました。
何よりも文章が美しい。

どうしたらこんなきれいな文章が書けるのだろう、どうしたらこんなプロットを思い付くのだろう。
読んでいる途中、その箇所に付箋を貼り付けたくなる思いに、何度も駆られました。
この文章をずっと脳裏に刻み込ませていたい。

その直後に買った、彼が自らの読書遍歴を語った「夜を乗り越える」を読んで、その疑問が解けました。
彼は小さい頃から今日まで、近代日本文学を中心として、数千冊にもなる膨大な数の本を読み込んでいるのですね。

「火花」はハードカバーも買いましたが、手軽に再読したいと思って買った文庫本にのみ掲載されていた、彼自身による「あとがき」が凄かった。
芥川賞を受賞した事に絡ませて、芥川龍之介の文章をいくつも引用し、自らの思いを語りながら芥川への見事なオマージュになっているのです。
そして「夜を乗り越える」を読んで、彼が幼少からどれだけ芥川龍之介を読み込んでいるかが分かりました。

数を読んだからといって良い小説を書けるとは限りませんが、数を読まない限りは良質の文学は生み出せない。
私はその事を中上健次や村上龍から学びました。
ふたりに感化されて、大学の図書館にあったセリーヌやジュネを読み耽った思い出もあります。

又吉直樹の「劇場」は、彼の読書遍歴が自身の才能として見事に昇華された傑作だと思います。
心に染み込む数々の名文や登場人物の思いを噛み締めるために再読します。

棋界の朗報

2017.06.28

プロ棋士の藤井聡太四段が、14歳でプロデビューして以来、公式戦29連勝の新記録達成という偉業を成し遂げました。
本当に価値ある記録です。

プロデビューが賞金額1位を誇る竜王戦の大舞台で、しかも対戦相手が最年長棋士で今や大ブレーク中の加藤一二三九段だったという「運」も、彼の才能の一部なのではと感じてしまいます。

ちなみに私が敬愛するプロ棋士は?と問われたら、加藤一二三九段、谷川浩司九段を真っ先に挙げます。
対照的なおふたりですけど。

ところで、これだけ将棋界がいい意味で世間を騒がせたのは、今から12年前、瀬川晶司アマが特例としてプロ編入試験を受けた時以来かと思います。

あの時は、一度は奨励会員としてプロ棋士の道を断念した瀬川五段(現在)がアマチュアとしてプロ棋士に勝ちまくり、プロ編入の嘆願書が受理されて、編入試験が実施されたというものでした。

プロと6局対戦して3局勝てば合格、というこの試験のプロ側の対戦相手は、実に変化に富む顔ぶれでした。

1局目(肩書きは当時)。
プロ棋士の卵、奨励会三段で、現在は将棋界の頂点に君臨する佐藤天彦名人(瀬川●)。
奨励会員としてアマには負けられないという佐藤の意地が盤面にほとばしり出た1局でした。

2曲目。
将棋界きってのバラエティ芸人、神吉宏充六段(瀬川〇)。
サービス精神旺盛な神吉は対局中にいきなり大盤解説場に顔を出し、観客に現局面を説明するという大技をやってのけました。

3局目。
久保利明八段(瀬川●)。
しばらく前のテレビ対局で、八段がアマチュアに敗れるという大盤狂わせとなったふたりの対局が再度組まれ、これまた大きな話題となりました。
久保の意地が瀬川の技術を上回った1局でした。
ちなみに久保は現在「王将」のタイトル保持者です。

4局目。
中井広恵女流六段(瀬川〇)。
八段とのあと、まさか女流との対局を持ってこようとは・・・。
女流棋士のトップを相手に、瀬川の見事な差し回しが光った対局だったと記憶しています。

5局目。
高野秀行五段。
中原誠永世名人の代理として出場した弟子の高野五段を破り、この瞬間、瀬川はプロ棋士の仲間入りを果たしました。
高野投了の瞬間は、藤井聡太四段29連勝の時と同じくらいのフラッシュが焚かれ、各メディアが殺到した光景を今でも覚えています。

という訳で話は戻って藤井四段。
次の対局は竜王戦決勝トーナメントの2戦目。
この1局の対局料はさすがの竜王戦で、勝てば52万円。
このままどんどん勝ち進み、仮に渡辺明竜王を破ってタイトルを取った時の賞金は4,320万円。
まだまだ難敵ぞろいですが、地位と名誉とを賭けた戦いに期待は膨らみます。

束の間の軽井沢

2017.06.12

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やるべき事をひと通り済ませた休日の午後3時過ぎ。

夜まで少し時間があるし、どうしようかしばし思案して、大好きな喫茶店でひとときを過ごそうとふと思い立ち、車で1時間の軽井沢まで車を飛ばしました。

コーヒーを飲むために軽井沢まで行くのが心の贅沢と自分に言い聞かせます。

向ったのは旧軽井沢通りの一番奥にある「茜屋珈琲店」。
このブログにもたびたび出てくるお気に入りの1軒です。

中に入ると、長い1枚カウンターの中で、オーナーの大谷さんが笑顔で出迎えてくれます。

いつものように、美味しいコーヒーと素敵な器と楽しい会話とそして落ち着いたお店の空気が、心を癒してくれます。

コーヒーを2杯飲んでお店を出た頃には、もう既に日は傾いていました。

妻に何かお土産をと思い、いつもは「浅野屋」かジョン・レノン御用達の「フランスベーカリー」でパンを買って帰るのですが、この日は私が腹ペコだった事もあって、旧軽井沢通り入口の「鳥勝」で「鳥の丸焼き」(2,100円)を購入。
小さくて古い見逃しそうなお店ですが、これまた旧軽井沢の名物です。

すぐそばにある大好きな蕎麦屋「川上庵」を横目に見ながら、よし、今晩は鳥を肴にしこたま飲もうと、信濃路の帰途を急いだ夕暮れ時でした。

「IQ-179」

2017.06.03

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レコードは持っているもののプレーヤーが無くて聴けずにいる、そんなアルバムを、CDで改めて2枚買ってしまいました。

坂本龍一「B-UNIT」(1980年発売)
清水靖晃「IQ-179」(1981年発売)

きっかけは長野市の地酒専門酒場「べじた坊」でのひととき。
日本酒担当の石垣さんとお互いに大好きなサックス奏者、清水靖晃の話題で盛り上がった事が私の導火線に火を付けました。

当時、坂本龍一はYMOの活動の傍ら、ソロ活動ではその対極とも言える実験的な音作りをしていて、その代表作がこの「B2-UNIT」でした。
このアルバムはポップスとは明らかに一線を画し、「売れる」という事から背を向けていると思われても仕方がない、しかし彼の熱狂的なファンをますます虜にさせる麻薬のような1枚でした。

で、やはりその頃、坂本が手掛けたのが、当時から親交があった清水靖晃のアルバム「IQ-179」の「DOLL PLAYⅠ・Ⅱ」の2曲でした。

この2曲、NHK-FMの「坂本龍一 サウンド・ストリート」で初めて聴いた時は背筋に電流が走りましたね。
「B2-UNIT」に共通する、極めて前衛的な音作りをした上に、何と坂本自身がドラムまで叩いちゃっているのですから驚きました。
(ちなみにその事が、のちにYMOの「ウインターライブ」で、名曲「CUE」で坂本がドラムを叩く事に繋がります。)

という訳で、何十年かぶりに聴くこの2枚のオリジナル・アルバム。
あの頃の熱狂が蘇ってくるようです。

「べじた坊」の石垣さんお勧めの清水靖晃「北京の秋」、品切中でしたがすぐに予約。
こちらももうすぐ届きます。

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