2018.06.08
私の小さな書斎の机の上に置いてある、2枚のフォトスタンド。
2枚とも、中上健次の中期の傑作「奇蹟」の冒頭です。
1枚は中上の故郷、紀伊半島の新宮を妻とともに訪れた時に、地元の方のご厚意によって入手できた、直筆原稿のコピー。
まさに「奇蹟」と言ってよい宝物です。
もう1枚は同じ箇所を文庫本からコピーしたもの。
昨夜もひとり椅子に座って、この2枚を飽きることなく眺めていました。
「俺の小説は喫茶店文学だ」
そう豪語し、集計用紙と万年筆だけを持って、喫茶店の片隅で何時間も文字を書き続けた中上健次。
酒を飲んでは無頼で破天荒な日々を繰り返し、しかし故郷新宮と、自らの被差別部落(=「路地」)出身で複雑な家系をモチーフに、ひたすら濃密で繊細な文学を生み出し続けました。
隙間なくびっしりと文字が書き込まれたこの原稿を眺めていると、そんな彼の生きざまが滲み出てくる気がして、いつまでも飽きることがないのです。