映画「千年の愉楽」を観てきました。
中上健次原作、そして若松孝二監督の遺作ともなった本作。
中上の永遠のテーマであった「血と地への回帰」を扱った、しかし逆に映像化が困難なこの小説を、若松監督がいかに作品として仕上げたか、それを考えただけでワクワクと興奮を押え切れない思いでした。
しかしいわゆるメジャー路線からはほど遠い作品なので、上田のシネコンでは掛からないだろうと諦めていたら、なんと長野市の古くからある映画館が上映をしているではありませんか。
拍手喝采!です。
という訳で、時間を縫って長野市まで飛んでいきました。
日曜の昼間だというのに、当日の観客は私を含めて5人。
でもこの閑散さが逆にこの作品には相応しい気もします。
ちなみに若松監督の前作「キャタピラー」を観た時は観客は私ひとりでした。
この映画で何より印象に残ったのは、中上健次が言うところの「路地」を見事に再現したロケ地、三重県尾鷲市の須賀利の集落です。
目の前は熊野灘の海、そしてすぐうしろは山に囲まれ、扇状に開けたこの小さな集落は、30年前に県道が通るまで自動車での行き来が出来ずに、舟だけが唯一の交通機関だった隔絶された地だったそうです。
当初予定していたロケ地が台風で撮影困難となり、急遽代替地として見つけられたこの集落は、しかし中上の「路地」を描き切るのに十分過ぎるほど十分な、見事な光景と空気とを備えていました。
高台に建つ、寺島しのぶ演じる主人公の産婆オリュウノオバの家と、そこから見下ろす集落の一帯。
そしてその小さな「路地」で繰り広げられる、オリュウノオバが取り上げた3人の若者の血と生と性。
私は実際に、中上健次が生まれ育った和歌山県新宮市の「路地」を歩いた事があります。
その時見た光景とは違っていても、この映画にはまさに中上が、そして若松が表現しようとした「路地」が描き切られていました。
もうひとつ大変感動した事があります。
それはこの映画のパンフレットです。
1,000円と値段は高かったですが、これほどまでに充実したパンフレットに出会ったのは久々です。
クランクインからの詳細な撮影日誌や完全版のシナリオまで掲載されていて、これで1,000円なら安いくらいです。
昨今の薄っぺらい、ろくに解説がなく写真だけが載っていて700円も800円もするパンフレットはぜひ見習ってほしいです。