しばらく前に品川のグランドプリンスホテル高輪に泊まった時の出来事です。
チェックインの際、フロントで「本日は特別期間としてお部屋の冷蔵庫のドリンクが全てサービスとなっております」と、嬉しい言葉を頂きました。
心弾ませて部屋に入り、冷蔵庫を開けると・・・ん?空っぽ。
何も入っていません。
このホテルではしばらく前からドリンクの常備を取り止めており、いつもは冷蔵庫が空である事は知っていました。
ですので、これはフロントの勘違いとして受け流そうとしたのですが、どうも納得できません。
翌朝悩んだ末にオペレーターに電話を入れました。
出たのは、たどたどしい口調の若い男性でした。
「フロントに電話を回してください」
そんな私の依頼を、思いも掛けず彼はさえぎりました。
「もしよろしければ私にご用件をお話し頂けますか?」
正直、以外でした。
彼を単なるオペレーターと思い、しかもそのたどたどしい話し方から彼をサービスマンとして少し見下してしまった自分を、あとで私は大いに恥じる事になります。
それではと、私は事の顛末を彼に伝えました。
すると彼は「私がすぐにお調べ致しますのでしばらくお待ち頂けますか?」
そう言って電話を切りました。
再び電話が鳴ったのはわずか数分後の事でした。
彼はまず今回の不手際を詫びました。
その上で彼は続けました。
「お客様には間違いなく今回ドリンクのサービスが付いております。しかし清掃の者がドリンクを冷蔵庫に入れ忘れてしまったようなのです。これからすぐに冷蔵庫の補充に伺いたいのですがよろしいでしょうか?」
何より嬉しかったのは、彼の言葉ひとつひとつに間違いなく誠意とお詫びの気持ちが込められていた事です。
「事情は分かりました。全部のドリンクは要りません。今からミネラルウォーターだけ届けて頂けますか?」
そう伝えたあと、部屋のベルが鳴るのに時間は掛かりませんでした。
ドアを開けると、まだ初々しい黒服の男性がミネラルウォーターを持って立っています。
彼は丁重なお詫びとともに名刺を差し出したので見てみると「客室係」となっています。
「先ほど電話に出たのはあなたですか?」
「はい、私です」
「大変誠実で迅速な対応、ありがとうございました」
彼の気持ちに応えるために私も名刺を渡そうと彼を部屋に入るように言い、名刺を取って引き返すと、彼は靴を脱いで靴下姿でドアの内側に立っています。
これは客室係としての決まりなのでしょう。
しかしこのシチュエーションでは、そんな姿ひとつでさえも彼の誠実さの現われのような気がして、何だか心洗われる思いでした。
チェックアウトの際、もちろんこの一件はしっかりとフロントにも伝わっていました。
スタッフの女性が私の目を見てお詫びを述べるのを聞きながら、「クレームこそ最大のチャンス」という言葉を改めて思い返している自分がいました。
と同時に、上辺の器用さより、不器用でも誠実な姿勢こそが相手の心を動かす事を改めて実感した、そんな今回の出来事であり、客室係との出会いでした。