先日、上田市内のライブハウス「troubadoul the LOFT」(トラバドゥール・ザ・ロフト)のオーナーから、お芝居のお誘いがありました。
お芝居なんて一体どれくらいぶりでしょう?
たぶん学生時代に芝居好きの先輩に連れられて、新宿の紀伊国屋ホールでつかこうへい劇団を観て以来かもしれません。
かくの如くお芝居とはまったく縁のない私ですが、こういうのは誘われた時こそがチャンスと思って、意を決して行って参りました。
そのお芝居は、井上ひさし原作の戯曲「父と暮らせば」。
しかも今回は、ひとり芝居です。
あとで知ったのですが、この「父と暮らせば」、戯曲としては有名な作品なんですね。
小松座をはじめとしてこれまで数々の劇団や、あるいは二人芝居やひとり芝居で数え切れないほど演じられてきて、数年前には宮沢りえ・原田芳雄・浅野忠信で映画化もされています。
舞台は終戦から三年後の広島。
図書館に勤務する主人公の美津江は、原爆投下で親しい人を失い、自分ひとり生き残った罪悪感を背負いながら父竹造とふたりで暮らしています。
そんな中、図書館に通うひとりの青年から好意を寄せられた美津江は、その罪悪感ゆえに彼との一歩を踏み出せず、そんな彼女を竹造は励まし、そして青年との交際を後押しします。
ある日青年から、故郷の岩手へ一緒に行こうと誘われた美津江を、それは結婚の申し込みだからぜひ行くべきだと、竹造は必死に説得します。
そんな父の姿に美津江は次第に心を動かされ、そして最後に大きなドンデン返しが・・・。
このお芝居を観たのは奇しくも8月6日、広島に原爆が投下された日でした。
ライブハウスのオーナーはもちろんそれを意図したのでしょうけれど、でもそんな思いもあいまって、この作品は私の予想をはるかに越えた大きな感動をもたらしてくれたのでした。
ちなみにこのライブハウスはキャパ50名ほどの本当に小さな「小屋」ですが、いつも意表を突いたメニューを提供してくれます。
ある時は「太陽にほえろ」テーマ曲をはじめ数々の名曲を作り出した井上堯之、ある時は一世を風靡したパンクバンド「アナーキー」のボーカル仲野茂、またある時は日本のフュージョン界を牽引するバンド「PRISM」(4/18の当ブログ登場)・・・。
足を運ぶたびにステージに釘付けになり、そしてそのアーティストの演奏に心奪われ歓声を上げています。
そして今回のひとり芝居。
このライブハウスが初めてお芝居を呼ぶからにはきっと何かあるはずだろうと、そんな期待を込めて当日足を運びました。
開演前、ささやかな出来事がありました。
私はこのライブハウスでは定位置の、数席しかないカウンターに腰掛けて、生ビールをちびちび飲みながら開演を待っていました。
そうしたらひとりの男性が、私と壁の間の窮屈な場所に座ったんですね。
椅子をずらそうにも、反対側は開演までドリンクを販売するスペースになっていて移動できません。
そこで私は意を決してその男性に振り向き、「狭くて申し訳ありません。でもお芝居が始まったら椅子を移動させますので」とお詫びを述べたところ、その男性は微笑んで「いいんです。気になさらないで下さい」とおっしゃって下さったので、お言葉に甘えてそのまま腰を据えていました。
さて、いよいよ開演。
場内の照明が落とされ、いよいよ俳優さんが登場。
と思ったら、隣にいたその男性がひょいと椅子から降りて、トコトコとステージに向かっていったのです。
そう、その方こそ今日のお芝居を演じる佐々木梅治さん、その方でした。
舞台の上には椅子がひとつと小さな置物の電灯がひとつ、たったそれだけです。
そこに手帳を手にした佐々木梅冶さんがステージに上がり、客席に語り掛けます。
自己紹介と簡単な挨拶があったあと、小さな手帳を手にして、「それでは始めます」。
手帳と思ったのは台本でした。
佐々木さんは椅子に座ったまま、最初はそれを朗読する形でお芝居は始まりました。
登場人物は主人公の美津江と父親の竹造、たった2人です。
そして2人の会話が始まると、佐々木さんはおもむろに椅子から立ち上がり、感情たっぷりに台詞を語りつつ、全身を躍動させて父と娘を演じます。
そして一転して直立不動になって、台本のページをめくりながら朗読する、そんな静と動の繰り返しです。
客席一同その迫力に圧倒されながら、いつの間にか皆が我を忘れてステージに釘付けになっています。
あっという間の1時間20分、佐々木梅冶さんは最後の1ページを語り終えると台本を静かにパタンと閉じ、それと同時にステージの照明が落とされ真っ暗となり、その瞬間場内は割れんばかりの拍手喝采となりました。
拍手が止むのを待って再び照明が灯され、ステージの上で佐々木さんがこの作品に賭ける思いを語り始めました。
既に上演回数が百数十回を越えている事、いつか井上ひさしさんにこのお芝居を観て頂きたいと思っていながらついにその思いが遂げられなかった事、しかしある日突然井上ひさしさんご本人から花束が届いて驚愕した事、そして今も台本にはその時撮影した花束と自分の写真をお守りとして入れてい事・・・。
その言葉ひとつひとつに、この「父と暮らせば」に込める佐々木さんの情熱と愛情とが溢れている気がしました。
ちなみにこの佐々木梅冶さん、声優としてもご活躍で、我々が知る数多くのキャラクターの声を演じているんですね。
確かに魅惑的な素晴らしい声でした。
思い切って一歩を踏み出したおかげで、またひとつ新しい世界に触れる事ができた1日でした。