清水の舞台から飛び降りたつもりで購入してしまいました。
開高健「夏の闇・直筆原稿」。
限定700部。
何気なく朝刊を読んでいたらこの本発刊の記事を目にして、そうしたら居ても立ってもいられずに、発行元の開高健記念館まで問い合わせのメールを出していました。
ご存知のように開高健(かいこう・たけし/本名です)は日本を代表する現代小説の第一人者です。
サントリー勤務時代には、既に小説家としての片鱗を垣間見せる名キャッチコピーをいくつも生み出し、同時期、絵画の先生とそこへ通う生徒との交流を通して生徒の自己解放と現代社会への痛快なまでのアイロニティを描いた傑作「裸の王様」で芥川賞を受賞しました。
その後、朝日新聞の臨時特派員としてベトナムの戦地へ赴き、200名のうち生還者わずか十数名という壮絶な体験をもとに描いた3部作のうちの第2作が今回の「夏の闇」です。
ちなみに開高健はのちのエッセイで、「ベトナムで生き残れたことで、その後の人生は余禄と思っている」といった内容の発言をしていたと思います。
円熟期を迎えた開高健は、緻密で濃密な作品を発表する傍ら、自身の趣味でもある「食」「酒」「釣り」を題材とした良質なエッセイやノンフィクションを次々に執筆、時代の寵児として益々注目を浴びるところとなります。
「週刊プレイボーイ」で「風に訊け」というコーナーを受け持ったのもこの頃で、読者からの質問に開高健が痛快無比な回答を数々残したこのシリーズは単行本にもなっています。
私の記憶に残っているひとつとして「開高先生は血液型はお信じになられますか?」という質問に対して、「お信じにならない。血は信じるが型は信じない」。
思わず痺れました。
残念ながら癌を患い58歳の若さで急逝、しかしその功績は現代文学に多大な足跡を残し、氏が住んだ茅ヶ崎には「開高健記念館」が開設させています。
開高健が愛用の万年筆で記した原稿は、一文字一文字丁寧で読み易く、これもエッセイで読んだのですが、氏は小説の執筆に行き詰ると原稿を一々冒頭から丁寧に書き直していたそうです。
そしてその事によって、それから先の展開が思い浮かぶのだとか。
今回発行されたのは、そんな開高健の名著「夏の闇」の直筆原稿が全ページ再現された特別愛蔵版とのことで、在庫がまだある事を確認して早速申し込み、到着を指折り数えて待ちました。
そしてついに本が届いたその時、まず驚いたのはその大きさ。
正直なところ、直筆原稿に縮小を掛けたせいぜいÅ4判ほどのものと思っていたのですが、実際に届いたのは両手で抱えるほどの原稿用紙実寸大の大きなもの。
それが綴じられる事なく、一枚一枚独立した原稿用紙そのままの形で、しっかりと封をされて箱に入っているのです。
開ける時、思わず手が震えてしまいました(笑)。
そして丁寧に記された開高健の肉筆を目の当たりにして、開高氏の生前の息吹と、そして氏の作品と共に過ごしてきた私のたくさんの思い出とが瞬時に蘇った、そんな気がしました。