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大将の気遣い

2023.05.06

少し前に妻とふたりで、初めての鮨屋にふらりと入りました(ちなみに地元ではありません)。

比較的大箱のその鮨屋は、休日の遅い時間だった事もあり、カウンターに数組が座るだけでした。

私たちもつまみはスルーしてすぐに寿司のお任せを注文し、順番に握ってもらいながらゆっくりとビールと日本酒を嗜んでいるうちに時計は午後10時を回り、気が付くと客は私と妻のふたりだけになっていました。

店内はすでに若い衆が片付けと掃除に入っています。
食器をしまう音や、床を掃除する音が静かな店内に響いてきます。

閉店まであと30分あるとはいえ、目の前で握っている大将もたぶん時間は気になっているはず。
そう思った私は、カウンターの他のすべての席のメニューが片付けられていくのを目にしながら、手元にあった分厚いメニューをネタケースの上に置いて「これも片付けてください」と告げ、長居するつもりはない意思を示しました。

しかし大将は「ありがとうございます」と優しく答えたまま、メニューには手を振れようとはせず、(たぶんいつでも追加を頼めるよう)そのメニューは最後まで動かされる事はありませんでした。

そうこうしているうちにも店内は少しずつ片付いていきます。

酒がカラになった私は締めにお茶を飲みたいと思い、しかし今から頼むのは時間的に申し訳ないと、手付かずのままぬるくなった妻の湯飲みに手を伸ばしたその瞬間です。

「あがり一丁!カウンターのお客様!」
私たちから視線を外していたはずの大将の声が店内に響き、「はい!」と即答した若い衆によって、すぐに私の手元に熱いお茶が運ばれてきました。
大将、さり気なく見ていてくれたんですね。

ここに至って、私は大将の「時間は気にせず、閉店まではゆっくりしていってください」という思いをひしと感じ取りました。

お気持ちに甘え、閉店10分前まで食事を楽しんだ私が、お勘定の前にトイレに行こうと席を立った瞬間、これで帰るのだと勘違いした若い衆全員から「ありがとうございました!!」と大きな声を背中に浴びたのは、これはまあご愛敬です(笑)。

帰り支度をしながら財布を取り出す私たちに、入口のレジに手のひらを向けて「お勘定はあちらでお願いします」と告げる大将の言葉さえも優しく感じたのは、私の思い違いではなかったはずです。

今度こそ全員の「ありがとうございました!!」の声を聞きながら、そして下げられる事なくネタケースに乗ったままのメニューを目にしながら、お寿司の味はもちろんの事、大将のさり気ない心配りのおかげでとても楽しい食事だった、そう話しながらお店をあとにした休日の夜でした。