小説家、又吉直樹。
ご存知の通り、お笑いコンビ「ピース」の一員です。
彼の事も「ピース」の事もまったく知らずに、ただ若手芸人が芥川賞を取ったという話題だけで2年前に読んだ「火花」は、期待していなかった分も併せて、予想をはるかに越えて感動しました。
そしてこのたび発表された「劇場」。
これはもう、ただただ圧倒されました。
何よりも文章が美しい。
どうしたらこんなきれいな文章が書けるのだろう、どうしたらこんなプロットを思い付くのだろう。
読んでいる途中、その箇所に付箋を貼り付けたくなる思いに、何度も駆られました。
この文章をずっと脳裏に刻み込ませていたい。
その直後に買った、彼が自らの読書遍歴を語った「夜を乗り越える」を読んで、その疑問が解けました。
彼は小さい頃から今日まで、近代日本文学を中心として、数千冊にもなる膨大な数の本を読み込んでいるのですね。
「火花」はハードカバーも買いましたが、手軽に再読したいと思って買った文庫本にのみ掲載されていた、彼自身による「あとがき」が凄かった。
芥川賞を受賞した事に絡ませて、芥川龍之介の文章をいくつも引用し、自らの思いを語りながら芥川への見事なオマージュになっているのです。
そして「夜を乗り越える」を読んで、彼が幼少からどれだけ芥川龍之介を読み込んでいるかが分かりました。
数を読んだからといって良い小説を書けるとは限りませんが、数を読まない限りは良質の文学は生み出せない。
私はその事を中上健次や村上龍から学びました。
ふたりに感化されて、大学の図書館にあったセリーヌやジュネを読み耽った思い出もあります。
又吉直樹の「劇場」は、彼の読書遍歴が自身の才能として見事に昇華された傑作だと思います。
心に染み込む数々の名文や登場人物の思いを噛み締めるために再読します。